人生100年でゆっくりじっくり成長していこう!

「人生100年時代」を「急がなくてもゆっくりじっくりと成長できる時代」、「いつから始めても遅くない、いつからでも始められる時代」、「より多くの楽しく豊かなことを経験できる時代」と捉えて日々過ごしていける方法をみなさんと共有していきたいと思います。

気が利くか利かないかは経験と自己フィードバック

「気が利く」というのは生来の性質であるところもあるりますが、経験によるところが大きいと思います。

 

例えば、飲み会の幹事を全く経験したことがない場合、飲み会に対する幹事への気遣いというものが足りない場合があります。

 

稀にですが、出席すると言っていて、毎回キャンセルをする人もいます。この人は、そもそも飲み会に出席する気はないのですが、参加意志だけはあったことをアピールしたいのだと思うのですが、幹事の立場では、これをやられると、予約人数を割ってしまうことがあるため、その分をみんなが補填しなくてはいけない場合もあるので困るのです。

 

幹事経験があれば、このようなことをされると困ることがわかるので、まずはやらないし、参加に迷っているのであれば(参加意志があることをアピールしたいなら)、まずは欠席として可能であれば参加、という方向にすると思います。スペースに余裕がある限り、人が増える分にはOKだからです。

 

私は、かなり「気が利かない」方だと思います。上記の例でも、さすがに、出席すると言っておいて意味なくキャンセルすることはしませんでしたが、出たくもない飲み会に出なきゃいけないなんて面倒くさい、ぐらいにしか思っていませんでした。

 

しかし、一度幹事を経験すると、その、自分が出席したくもない飲み会に、やりたくもない幹事をやらされていたり、やりたくもない挨拶や余興などもやらされたりしている人もいることがよくわかるようになってくるので、その人たちへの感謝やねぎらいの気持ちというものが出てきます。

 

そうすると、ちょっとでも、その人たちが大変な思いをしないように、といろいろなヘルプをしたりとか、うまく回せていなかったりしても、馬鹿にすることなくフォローに回ったりしようとするとか、「気が利く」ようになるのです。

 

そして、そのヘルプやフォローを受けた人は、そのありがたさを嚙みしめつつも、そのヘルプやフォローは、自分が足りなかった部分の現れでもあるので、それを素直に見つめ直すことができれば、さらに別の場面で別の人が困っている場合などに、その経験を生かして「気が利く」ようになります。

 

「気が利かない人」と言われると、「気を利かせるようになろう」とその瞬間は思うのですが、そのような経験が薄いと、意識だけでは、継続して「気が利く人」にはなれないと思います。

 

日常の様々なことを経験し、その中で大変だったこと、ありがたかったことを自分へのフィードバックとして真摯に受け止めることの繰り返しで「気が利く」ようになれると思います。

 

そして、人間は完璧ではないので、「気が利かない」部分は多々出てくると思います。

 

その時は、「経験が足りていない」「その経験に基づいたフィードバックが足りていない」と思って、今後は、感度をちょっとだけあげて、その経験を増やしていけばよいと思います。

 

また、いつでも「気が利く」人がいますが、それは、未経験のことでも、これまでの経験に基づいて、仮説的に気を利かせていて、それが、ちょっと違うということであれば、また別の仮説に基づく気の利かせ方をするということを繰り返し、その場その時にふさわしい気の利かせ方ができているのです。

 

それも、これまでの経験と自己フィードバックによるところが大きいと思いますので、「あ、自分って気が利かないな」と思ったら、その瞬間の気が利かなかったことをしっかりと受け止め、どうしたら良かったかを考え、同じような場面に出くわしたら、そのフィードバックを生かせるようにしていく、そのような行動を繰り返していけば、「気が利く」人にどんどん近づいていくかなと思います。