すべてをエネルギーで考える
この世のすべてのもを構成しているものとして、最近では、量子、素粒子などと言われ、スピリチュアルっぽいものとしては、波動、気、記憶(ホ・オポノポノの場合)なども同様の意味で使われ、その認知度も随分と高まってきたと思います。
表現の仕方はそれぞれですが、何となく、わかりやすい言葉として、これらのようなものを「エネルギー」と表現した場合、この世のすべてのこと、特に人間関係におけるやりとりなどについては、すべて「エネルギーの動き」と捉えることができます。
そして、エネルギーの動き、もしくは、流れで考える時、理解しにくいことも理解しやすくなる場合があります。
ここでは人間関係に焦点を当てますが、人間関係におけるエネルギーの動きの特徴としては、
①エネルギーが大きくなると心地いい
②エネルギーが小さくなると心地悪い
③エネルギーを与えると、同等、もしくはそれ以上になってエネルギーが入ってくる。
④エネルギーを奪うと、奪ったエネルギー以外のエネルギーは入ってこなくなるか、逆に奪われるようになる。
簡単に言うと、この4つぐらいかなと思います。
例えば、誰かのために、優しくしたり、尽くしたりしているのに、相手は全然自分に優しくしてくれない、という不満を持っていたりします。
この場合、優しくした方も優しくされた方も②なわけですが、優しくしている方は③ではなく実は④をしようとしていることがあります。すなわち、自分が行っている優しさは③ではなく、相手からの優しさ、すなわち、相手からエネルギーが与えられることを求めてやっているだけの行為で、それでも相手から優しくされたなら、③ではないにしても①になれるのですが、相手からの優しさが来ないので②になっています。
さらに、相手側の方は、優しくされても、①と感じられず④の感触を受けている可能性があります。そのため、エネルギーをこれ以上関わるとエネルギーが奪われてしまう、ということで、相手に優しくしない、という感じです。
相手に優しくした場合、相手がそういう感度が弱かったり、切羽詰まっている状態の時などは、その優しさに対する反応は全くないこともあると思います。
しかし、相手からの反応がなくても、相手の人からのエネルギーを求めない限り、自分の心の中の心地よさとか、他の人がその姿を見ていたとか、その他私たちが想像もできないようなエネルギーの循環によって、自分自身に同等かそれ以上のエネルギーが返ってくるわけです。
つまるところ、自分自身で意識すべきは、エネルギーを相手に与えているか、奪っているか、それを相手の反応を見て判断してみることです。相手の反応にイライラしたら、エネルギーを与えているつもりでも相手から奪おうとしている可能性もあるので、自分自身の対応の仕方についてよく考えてみる必要があります。
一緒にいると何かエネルギーを奪われて、ひどく疲れた感じをさせられる人のことを「エネルギーバンパイア」といいますが、自分はそんなことはないと思っていても、相手からそう思われてしまっていることはありえます。
人間関係がうまく行かない、もしくは、誰も友達ができない、という時に、このエネルギーの動きや流れのことを思い出し、相手からエネルギーを奪っていないか、そして、相手にエネルギーを与えられるような人間になっているかを自己検証してみると良いと思います。